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「……いや、ごめん

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「……いや、ごめん。何でもない。聞かなかったことにして」「……」聞かなかったことになんて、してあげない。私から視線を逸らし、今の発言をなかったことにしようとする彼が可愛く見えて仕方なかった。「私は、どっちでもいいよ。でも、久我さんに蘭ちゃんって呼ばれるのは、ちょっと違和感あり過ぎるかも」彼が私を蘭ちゃんと呼ぶ姿を想像したら、似合わなすぎて思わず噴き出してしまった。「かなり笑えるわ。ていうか、男の人に下の名前で呼ばれることなんて普段ないし」甲斐や青柳とは、互いに苗字で呼び合っている。学生の頃にいた男友達からも、下の名前で呼ばれたことはない。そもそも、名前の呼び方なんてどうでもいいと思っていた。……そう、このときまでは。「じゃあ、これからは呼ぶよ」「え……」「蘭」「……」ただ、名前を呼ばれただけ。そして名前を呼ばれたときに、目と目が合っただけ。本当にただそれだけなのに、全身がグッと一気に熱くなった。ヤバい、おかしい、何これ。こんなの、知らない。……恋って、怖い。「蘭?」「……ちゃん付けするより、そっちの方が似合ってる」精一杯普通を装ってそう返すと、久我さんはふっと満足そうに微笑んだ。重い女にはなりたくない。けどこのままだと、註冊公司いなく彼の重荷になる。彼の経験値と私の経験値には、雲泥の差がある。

その差は、決して埋められないのだ。「良い名前だね」「そう?」「何度でも呼びたくなる名前」久我さんの声で何度も名前を呼ばれたら、それはそれで大変だ。全身が沸騰して、きっと私、動けなくなる。今更、恋愛の経験値が極端に少ないことを後悔しても仕方ないとわかっている。それでも、もっと若い頃に男性との恋愛経験を済ませておけば、今頃私は、彼が発する甘い言葉を余裕で受け流すことが出来たのだろう。「ちょっともう……やめてくれない?」「何を?」「だから、その……いちいちドキドキさせるようなこと言わないでほしいの」「へぇ。ドキドキしてるんだ」久我さんの口角が、上がる。

男のくせにその口元の動きがやたらと色っぽくて、直視するのを躊躇った。この人のペースに、完全にハマっている。抜け出したい。抜け出せない。本当は、どっぷりと溺れてしまいたい。そんな欲もあるけれど、ここでハマってしまうのは危険な気がした。「二人、良い感じのところ悪いけど、カクテルどうぞ」「ありがとうございます」近藤さんが会話に入ってくれたおかげで、少し冷静さを取り戻すことが出来た。久我さんと近藤さんの会話を聞きながら、頭の中では久我さんのことばかり考えていた。

これから、どうすればいいのだろう。この人と、付き合う?でも付き合うことになったら、きっと当たり前のようにキスしたりセックスもすることになるのだろう。今まで、キスやセックスに何も感じたことのない私が、彼を満足させることなんて出来るのだろうか。ウジウジと考え込むのは好きじゃないのに、こればかりは自信がない。もし私が友人にこんな悩みを吐露されたら、私は間違いなくこう言うだろう。『どうなってもいいじゃない。とりあえず、何でもやってみないとわからないんだから』頭ではわかっている。けど、どうなってもいいなんて、思えない。せっかく芽生えた彼への気持ちを、失いたくないのだ。「で、どうする?」「……え?」気付くと、近藤さんは既に私たちの前から消え別の客と話し込んでいた。隣を見ると、久我さんが私を真っ直ぐ見つめていた。「僕と、付き合う気になってくれた?」瞬時にうまく言葉を返せない自分が嫌だ。彼の言葉に、いちいち動揺しておかしくなりそうになる自分が嫌だ。付き合いたいって、すぐに言えなかった自分が嫌だ。彼と恋人同士になることを、怖いと思う気持ちの方が大きいのだ。「僕は、君と付き合いたいよ。今すぐにでもね。だから、君の気持ち次第なんだよ。急かしてるわけじゃないけど、ちゃんと言っておこうと思って」久我さんは、いつもそうだ。

cruz20

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on Dec 15, 20